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  1. ネットウーノの海水浴場

定年後をどうやって暮らそうか、と思案している方々へ

羅針盤135度
 
アンジオ、ネットウーノ、スタビア、カステッラマレ・デイ・スタビア、プロチダ

アンジオ(Anzio)

目指すはナポリ。しかし遅々として進まない。ボートが大小のSOSを出すからだ。

​オステ
イアの南隣のマリーナはアンジオだが、とにかく混んでいる上に、深度も無さそう。混んでいるのは真夏だから仕方がないが、深度計が動かないので咄嗟の機転が効かない。やっと責任者という人が出勤して来て「お困りでしょうから何とかしてあげたいので...」と帳簿をめくる。やれやれ親切な人だ。この人に整備工も呼んでもらおう、土曜日だけど。「えーと、この角に何とか隙間を作りましょう」と言って立つと、男達を呼んで目指す所にボートを着けてくれた。「1晩90ユーロです」。「!」。これ迄で最高の金額。それなのにトイレ無し、シャワー無し。親切気な口調の内実は荒稼ぎ根性と知れた。
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小さい漁船が並び、ボートクラブも併設して、立て込むアンジオのマリーナ。
整備工は?やって来た。1時間余りダッシュボードを開けてアレコレやっていたが、タコメーターまで動かなくなった。聞いてみれば車の整備工だという。「深度計だって同じだろうから...」。(車のどこに深度計があるんだ!)「もう、結構。おいくら?」。「120ユーロ」。(!)。「私、ローマから来ましたけど、時給45ユーロでしたよ」。「今日は土曜日だから割高なんです」。「深度計を直すどころか、タコメーターまで動かなくしてローマの3倍の値段を請求するんですか?60ユーロなら払いましょう」。彼はボソボソ言いながら€60を持って去った。
​ムシャクシャする。気分転換が必要。町に入った。夏らしく賑わって、広場ではナガシが歌っていた。上手な人だ。カクテルを飲みながら、しばらく聞き入った。水際には所狭しと仮設のテラスが出て、高級そうに設えてあった。どの店も空だった。まあ、時間も早いのだが、観光客の方もバカではないようだ。その証拠に、簡易食堂は忙しかった。私もボートに戻って夕食にしよう。
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水際から道を一本入れば、広場があって賑やか。観光客が夕方のアプリテイーボ(食前酒)を楽しんでいる。
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小型の漁船が並ぶ。
​翌朝。さっさと去るに若くはなし。隣のネットウーノに移る事にした。先方へは3.5kmの距離しかない。こちらはチャンとした港。延々と防波堤を構え、整然とポントウーンを並べ、その真ん中に威厳を湛えてポート・オフイスが立つ、数々のボート用具の店やカフェを周囲に従えて。じゃあ何で真っ直ぐこっちへ来なかったのか。つまり、ここが問題の点なのです。
 
地中海沿岸の港の多くは、第2次大戦後にレジャーボートを目当てにニョキニョキと姿を現した雨後の筍。ネットウーノもその一つ。何でも備わっているが、雰囲気というものに欠ける。昔ながらの自然港で歴史に彩られて...とか、鄙びた漁村の面影を今も湛えて...とかいった、味わうべき所が無い。海水浴客のためのパラソルやデッキチェアーが、フットボール・スタジアムの規模で延々と並んで、私などは呆気に取られる。レストランに入っても、何処でも同じ様なものが出てきて飽きる。
だから留まるに値する所は何処か?という事になる。そしてそういう所は、行ってみなければ分からない。もちろん誰だって、案内書は読むし、行き合うボート仲間の話に耳傾ける。しかし何処が自分の気持ちに染む場所かということは、極めて個人的な興味や好みに帰す。そういう意味で、私にとってアンジオは雰囲気のある漁村だった。レストランが並ぶ下方には、小さな漁船がぎっしり並んでいて、夜明け前の様相はどんなだろうと想像させた。しかし商業主義があまりに露骨だった。何より私の先決問題はボートの不備を整えること。 ​
​ところがアンジオを出るや、ダッシュボードがピーピー鳴って真っ赤に染まった。エンジンの温度が195度を指す。通常は185度で安定しているはずのもの。出てくる前のオートチェックの時には正常だった。ともあれ速度を落としてエンジンの温度を下げ、ネットウーノに入るのが良策に思えた。無事到着。ポントウーンに落ち着き、事務所に入る。全ての注意書きが英語でも貼り出されている。有難い。事情を説明すると「あいにく明日からイタリア全土が休暇に入る(*Ferragosto)ので、修理工は向こう2週間期待できない」とのこと。
 
深度計、タコメーター、そしてエンジンの温度。前者2つはマア良い。タコメーターなどは使ったこともないのだ。しかしエンジンの温度は深刻。クーラントを足さなければならないのだろうと察してマニュアルを紐解くと、「重要」の印付きで、ボルボのクーラントを使うように指示してあった。クーラントの注ぎ口にも、「要注意」の印付きで同じことがクーラントの番号付きで書いてあった。急いでチャンドレイに行くと、ボルボのは無いと言う。「だって同じだよ。ボルボのは高いだけだよ」という返答。そうかも知れない。でもお礼を言って、手ぶらで出て来た。ボルボの直営店は既に早々と休暇に入っていた。

ネットウーノ(Nettuno)

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途方に暮れてポントウーンの端にへばりつく「シャコタン」。
​全てが備わっているが、味も素っ気もない港に今後2週間の足止めを食うのかと思うと、さすがに気落ちがした。広い港をテクテク歩いてボートの近く迄来ると、2・3隻手前のボートに、いかにも頼りになりそうな中年の男性がデッキに立っていて、「ハロー」と挨拶をしてきた。英語を話すのカナ?思わず知らず事情を説明すると、「私のメカニックに聞いてみてあげる。待って、電話するから。」「午後に来るそうだよ」。そしてやって来た。
 
「水!」とメカニック。1.5リットル入りの飲み水のボトルを差し出すと、それをトク、トク、とクーラントの入り口に注ぎ込んだ。「あっ、だって、マニュアルには ... 」と私が叫ぶと、「ダッシュボードは治ったかい?」。治った。1.5リットルの飲み水で治った。マニュアルには「決して水だけを入れてはいけない」とも書いてあった。「排水ポンプが壊れてるよ」。「でも先週点検したばかり...」。「壊れてるよ!」。「港のチャンドレイに売ってるから、替えてもらうといいね」。「じゃ、俺は行くよ」。「あの、おいくら...」。「タダだよ」。翌日、港のチャンドレイに居た若い修理工2人がやって来て、壊れたポンプを取り替えてくれた。
 
私は機械整備の基本を知らない。不測の事態になればマニュアルを覗いて、大概は整備工を呼ぶ。マニュアルは自社の製品を売ろうとして品物を特定するのかも知れない。チャンドレイや整備工はそう言っているようだ。しかしマニュアルには使うべき水の成分の内訳まで、詳細に書いてある。こんな詳細に至るまでが、整備の現場で可能なのかと疑われる。いや、だからある可き様に作られた製品を買えと言っているようにも取れる。ところでクーラントとは関係ないが、深度計が、何故か動き始めた。海図に照らすと、正確らしい。タコメーターは相変わらず動かないが ... 。アレやコレやが、私には謎だ。
 

​しかし不備はこれだけで済まなかった。キッチン床下のポンプが鳴り始めた。鳴り始めて止まない。その音に参る。次にトイレが臭う。臭うような気がする。かつて無かった事だ。消毒剤をガバガバ流し入れた。しかしキッチン床下のポンプも、トイレからの汚水を溜め置くタンクも、早急に処置をしないと洪水を引き起こす。又また整備工を呼んだ。両方ともポンプがダメになっていた。つまり、ボートに備え付けたポンプ3つの全てが、4年間の不在の間にダメになっていた。上・下水のゲージが動かないのも、センサーがダメになったからだろう。繊細な器具だけではない。金槌で叩いても割れない硬いプラスチックが、私の手の中で、砂のようにボロボロになった。ハッチのプラスチックの部分も、クールボックスの取っ手も。いずれも暑熱のためだろう。
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頑丈なプラステイックで出来た蝶番(ちょうつがい)がボロボロ。
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ステイール製のハッチの取っ手が、ある日グンニャリ曲がっていた。もちろん真っ直ぐであるべき物。
​これらに加えてエンジンの大々的な整備があったのだから、修理費はウナギノボリ。連れが案じ顔で私を見た。「でも、整備しなきゃ!動かないボートなんて何になるの?」。「全部直して4年後に売る。それで修理費は回収!」。
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狭い裏通りに店が立て込む。
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仮設の本屋。充実した品揃いで感心する。
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なかなか立派な絵画。
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海辺と平行に続く並木が、涼しい木陰を作る。
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日陰の裏通りは人で揉み合う。
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日向の表通りは空っぽ。
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こちらは本の上に座る趣向。
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建物の左側に男達が屯している。
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右側には女達が集っておしゃべりに花を咲かせる。
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大魚を捻じ伏せるネットウーノ(海神)の像。

​ナポリ湾

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ナポリ港を海から眺める。

いや、私も内心参った。参った理由は、もう一つあった。ナポリ湾に入ると、軒並み断られる。ナポリ湾の手前のポッズオーリ湾(Golfo Pozzuori)からして既に空いているポントウーンが無くて、ナポリ港の西側では行く先々で「ありません」。1週間先に予約しようとしても「ありません」。引き換えナポリ港の東側に並ぶポルテイチ(Portici)、テレ・デル・グレコ(Terre del Greco)、トレ・アヌンジアータ(Torre Annunziata)には空きはあるが、見るからに用心が悪そうで、早々に逃げて出た。虎の巻にも「最小限のメインテナンスな上に、泥棒が頻繁に入る」とあった。そこで湾の真ん中に一時停止してつくづく眺めた。ナポリ港の西側は見るからに綺麗だ。その中にはサンタ・ルチア港もある。しかし東側は何というか黒ずんでいる。廃屋のような黒ずみ方だ。その更に東に進むとマリーナ・デイ・スタビア(Marina di Stabia)があって、この辺りから再び「人並み」な世界になってその先にソレント(Sorrento)がある。ポッズオーリ湾からナポリ湾を巡って半円を描いた感じでスタビアに着いた時には、3時間弱の航行だったのに、疲れ切っていた。新しい立派な監視塔付きのオフィスに入って行くと、停泊料は€100だと言われた。「いよいよ大台に乗ったか!」。せめて「立派」なシャワー室で汗を流そう。

スタビア(Stabia)

写真高級感を漂わせるスタビアのマリーナに隣接する、工場の廃墟。日本人なら目障りだから取り壊すだろうに、イタリア人は「保存」するらしい。
​ネットウーノ、その隣のガエタ湾(Golfo di Gaeta)にあったフラヴィオ・ジオイア(Fravio Gioia)、そしてスタビアも、規模の大きい設備の整ったマリーナで似ていたが、似ていない事が2つあった。一つは値段。前者二つは€60と良心的。スタビアは吹っ掛け値。何故かは知らない。もう一つは、前者二つが自然発生的な街を背景にしていたのに対して、スタビアは廃れた巨大な工場を背後にしていた。あんまり大きいし、隠しもしていない工場の廃屋は、アクション映画のセットに居るような気にさせないでも無かったが、気味が悪い。ナポリ港の東側、かの有名なナポリの貧民窟、そんな事を頭に浮かべながら、このスタビアのマリーナは、地域活性化のプロジェクトの一つなのかも知れないと考えた。ロンドンのドックランドも、今こそ瀟洒なマンションやオフィスが立ち並ぶが、かつては貧民街だった。

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高級マリーナも工場の廃墟も闇に沈んで、背後にヴェスヴィオス火山が浮かび上がる。
​明日はどうしよう。こんな高い停泊料を2晩払うなんて嫌だ。隣に小さいマリーナがある。漁村だから魚屋もあるかも知れない。行ってみよう。小さいカステイッラマーレ・デイ・スタビア(Castellammare di Stabia)は、可愛らしく飾ったレストランに挟まれる形で浮かんでいた。

カステッラマーレ・デイ・スタビア(Castellammare di Stabia)

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可愛らしいレストラン。左側に三つのビーチハットが並ぶ。なぜ写真に入れなかったのだろう?
​「可愛らしく」と思ったのは、花に飾られたレストランの端に、ビーチハットのような小屋が3つ並んでいたからだ。一体何であんな小屋があるんだろう?マリーナの事務所に、書類を持って停泊の手続きに行った。ここもトイレ無し。シャワー無し。それなのに、停泊料は何と€148。嘘みたい!しかも紙切れに殴り書いた領収証。呆れた。レストランの「可愛らしいビーチハット」はトイレだと後で知った。つまりトイレのための下水路が、このマリーナには未だ無いという事だ。アンジオ然り。いや、まだまだ多くのマリーナが近代的な下水装置を備えていない事が、後に次々に判明した。
​さて、どうしよう。ナポリ湾を去るか、戻るか?戻る事にした。もう少し丁寧に辿ってみようと思ったからだ。湾を突っ切ってニシダに行って、明後日から続く悪天候を避けよう。が、ニシダに空きは無かった。誰もが悪天候に備えているのだ。アクアモルタはどうか。あるかも知れない。あそこは防波堤も無く、簡易のポントウーンしかないから。しかし、そういう所は、私のボートの様に軽いのには適さない。そうこう考えていると、タンクに半分はあったはずの燃料が4分の1以下になって、危険ゾーンに近づいている。まさか!アクアモルタに燃料は無い。その向かいに位置するプロチダ島にはある。が、アクアモルタは直ぐそこ。5分で着ける。プロチダ島には15分?双方を見た。すると、プロチダ島の港の部分に陽が差して、白く光っていた。まるで招いているように。15分。賭けよう!
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プロチダ島の港付近に、陽が差している。

プロチダ(Procida)

​燃料は持ち堪えて、安全圏に落ち着いた。プロチダには、この夏3回目の寄港だ。島だから地続きの様な便利さは期待できないが、私はボートで動いているのだから、水で遮られた島に行くのは難儀ではない。停泊料は€90で高目だが、全てが揃っている、清潔なトイレも。悪天候に閉じ込められる数日の間、ここでゆっくり考えよう。今日で8月が終わる。ボートの冬の置き場も未だ見つかっていない。ところで何故ここに3回も寄港したのか。いつも空きがあったからだ。ほんの10分程の回り道だが、往復なら20分を余分に航行しなければならないから出来れば避ける。停泊料も安くない。しかし冬場はどうだろう。聞いてみても損はない。その結果、11月から4月迄の6ヶ月間で€1650。驚くほど安いではないか。10月は秋料金で1ヶ月€1450とのこと。2ヶ月分を手付金として払って、残りは来年の春払い。落着。
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海辺のカフェから、朝靄に煙る近辺を遠望する。
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カフェの横に立って、同じ風景を白昼の下に見る。防波堤に寝転んで本を読む人がいるのが、見えるだろうか。これ夏休みなればこその楽しみ。
​ネットウーノを出てから、チルチェオ、ガエタ湾に面したフラヴィオ・ジオイア、アクアモルタ、プロチダ、ニシダ、スタビア、そしてカステッラマレ・デイ・スタビアに寄港した(地図参照)。サンタ・ルチアとソレントにはどうしても予約が取れなかった。いずれも世界的に有名な寄港地だが、どちらも小さいからだろう。では、拾い物はあったか。チルチェオ以外には既に触れた。触れた以外に、付け加える程の情報は見当たらない。チルチェオは小さなマリーナで、虎の巻が10年前に書いていた程酷い所ではなかった、という以上ではない。つまり、何度も駆けずり回った割には、ローマ・ナポリ間は、特筆すべき絶景も拾い物も無かった。おそらくナポリに2泊してナポリを満喫してから、バスか電車でサンタ・ルチアとソレントを訪れて帰って来る陸地の1週間旅行が賢明な選択なのに違いない。
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赤で囲んだのは奇港した土地。青で囲んだのは奇港出来なかった土地。
​しかし改めて考えてみると、仕方がないから寄港したプロチダだったが、ゆっくり出来る所だった。毎朝港のカフェでカプチーノとコルネを頬張り、帰りがてらにその日の食材を見繕った。魚屋が3軒。肉屋とデリケテッスンが1軒づつ。大きな八百屋があって、何を買っても「2ユーロ」という兄さんが居て、洒落た洋装店も何軒かあった。山(丘?)の上に登れば絶景が広がっていて、ちゃんとカフェがあって、若い夫婦が切り回していた。坂の途中のキッチンで奥さんがアペリテイーボ(食前酒)を作って、それをご主人が坂の上のテラス迄スイスイと運んでいた。毎朝、港で行き合うお爺さんが言った。「ここは良いよ。フェリーで40分の所にナポリがあるのに、保安が良い」。
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毎朝、朝ごはんを食べに行ったカフェ。
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上段に並ぶのは、この店自慢のフロリチェッラ (Frolliccella)。柔らか目のクッキーでレモンクリームを包んである。美味しい。
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丘の天辺にあるカフェ。
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手前はスーパーのレモン。後方は八百屋のレモン。
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一軒目の魚屋。品質は良いが、高い。イカが1ぱい千円もする。
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槍イカ、紋甲イカ、海老が並ぶ。
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洋品店のウィンドー。
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2軒目の魚屋。フレンドリーなおじさんが、アンチョビ一掴みでも機嫌良く売ってくれる。
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アンチョビ。これを唐揚げにしてレモンを搾りかければ、最高の珍味。
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メタリックな装い。
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八百屋の店頭。
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各種のトマトが朝陽を浴びて並ぶ。
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本格的な漁船が並ぶプロチダ港。マリーナは隣接するが、入り口は別。
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海に沿ったプロチダの表通り。
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マリーナとは反対側に位置する、こちらはハーバーといった感じの入江。
4年間日向に晒してあったボートが、SOSを出し続けて駆けずり回った。これに文句を言うつもりはない。でも夏のナポリで断られ続けてウロウロした。そこで南イタリアで夏を過ごすのは、止める事にした。先ず暑い。午後1時から4時までは暑くて外を歩けない。だから店も閉まってしまう。二つ目は、旅行客でゴッタ返す。旅行客の列を見ただけで疲れてしまう。三つ目は、値段が、ココぞ!とばかりに跳ね上がる。9月に入れば、観光客は去り、気温も下がり、値段も下がる。春も、同じ理由で安心出来る。でも夏は、避けた方が良い。


​プロチダという名前の由縁。プロチダ   ->
​(Procida)という名は、ギリシャ語から来ているようで、「うつ伏せになった」とか「水から上がって来た」とかいう意味だそうだ。「ある日、海底からマグマが突き上がって来て出来た島だと、古来ミケーナイの時代から近代のブルボン朝に至るまで、人々は言い伝えてきた」と書いてある。

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「シャコタン」と私を世話してくれたオフィスの二人。
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