ヴィレフランシェ・シュル・メールの湾
定年後をどうやって暮らそうか、と思案している方々へ
フレンチ・リビエラ その3
ニース、ヴィルフランシュ・シュル・メール、ボーリュ・シュル・メール、モナコ、カンヌ、再び、夏の終わり
ニース (Nice) |
その名は有名を馳せるが、港の規模は大きくはない。古くもある。したがって、目下拡張・新装を図って工事中。そうでなければ、青々と水満ちるこじんまりとしたマリーナを、小高い丘が取り巻いて風光明媚。朝の散歩には極めて適当な1時間コースの道もついているのだが、昨夏は残念ながらクレーンやら仮設道路やらで玉に傷がついた感じ。そこで傷が完治する迄、ここもお預けにした。
ただし港以外は健在で、街をブラブラするのは悪くない。駅から港と反対方向、即ち北に10分ほど歩くと大きな市場がある。市場の建物から溢れて、路上に店開きをしている人もいる。買い物に来て夕食の材料を見繕った後、途中のレストランで昼食をとったり、コーヒーを飲んだりするなら、レストランやカフェは選り取り見取り。 |
ヴィルフランシュ・シュル・メール(Villefranche-sur-Mer)
海沿いのレストランよりは安いが、観光客目当てにフッカケているのは同じ。
しかし、しかしだ。友人達が到着する前日に着いてヤレ間に合ったとホッとして、マリーナから海づたいのプロムナードを通ってレストランが立ち並ぶ所を片端から点検して行って驚いた。いえ、タカイのです。ホテルも実はタカくて慌てた。正直言えば、二つ星かせいぜい三ツ星程度の、未だ巨匠とは呼ばれていない画家達が長逗留したホテルなのだから高級ホテルな訳がない。それなのに、彼らの名を借りて四つ星から五つ星の値段をつけているのだ。レストランこれ又然り。
こんなレストランで毎日食べたらトンデモナイ。そこで町に入って食材探しに駆けずり回った。ところが見つかったのは小さなスーパーが2軒だけ。肉屋とパン屋はあった。これで何を作ろう、野菜が無いのだ。フランスで野菜が無いなんて、あり得無い。確かに、どの家も裏庭に菜園を作ってはいる。でも私の手持ちの野菜はアンテイーベで買った、とんでもなく高いポルチーニだけ。路地裏で、八百屋の端くれが板を出して物を売っていた。黒ブドウ一房と白い玉ねぎを三つ買った。値段は€8。通常の3倍の値段だ。これではレストランが高いわけだ。いや、レストランが買い占めるから、食材が高くなるのか。いずれにしても、これで住民が暮らしているわけが無い。土曜日には市が立つとオン・ラインに書いていた人がいたが、私は1週間居たが、見なかった。
こんなレストランで毎日食べたらトンデモナイ。そこで町に入って食材探しに駆けずり回った。ところが見つかったのは小さなスーパーが2軒だけ。肉屋とパン屋はあった。これで何を作ろう、野菜が無いのだ。フランスで野菜が無いなんて、あり得無い。確かに、どの家も裏庭に菜園を作ってはいる。でも私の手持ちの野菜はアンテイーベで買った、とんでもなく高いポルチーニだけ。路地裏で、八百屋の端くれが板を出して物を売っていた。黒ブドウ一房と白い玉ねぎを三つ買った。値段は€8。通常の3倍の値段だ。これではレストランが高いわけだ。いや、レストランが買い占めるから、食材が高くなるのか。いずれにしても、これで住民が暮らしているわけが無い。土曜日には市が立つとオン・ラインに書いていた人がいたが、私は1週間居たが、見なかった。
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ところで、この小さな町には観光旅行者を集める所が一つあった。私は知らなかったのだが、友人の一人が調べて来ていた。湾の西側に突き出ているサン・ジャン・カップ・フェラという半島の付け根辺りに、エフルッシ・デ・ロスチャイルドの館があって一般公開されていたのだ。海を見下ろす丘の上の館は、幾つもの美しい庭に飾られていた。確かに宮殿の様な館だった。しかし、もし友人が行くと決めていなかったら、私は行ったろうか? 行かなかったと思う。金に飽かしてフランスの宮殿を真似て作っただけの物に見えたからだ。しかも、丸々1日かけて隅々まで見るなんていうことは絶対しなかった。もしかしたら高台にランチを食べに行く位の事はしたかもしれない、気分転換にはなるだろうから。ついでに庭を少し歩いたかもしれない。しかし、それ位が関の山だ。
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友人たちが去って、又一人になった。海辺近くの町並みに沿って何となく歩いて行くと、半開きのドアが目に入った。「お入りください」と言う事なのか「ご遠慮ください」と言う事なのか、ちょっと判断がつかなかった。もう忙しい予定は無い。入ってみよう。入っていけないのなら、出て来ればいい。そおーとドアを押して入ってみると、そこは小さな教会だった。(ああ、ミサか。だから信者だけお入りくださいって事か)と思ったが、時は水曜日の昼下がり。ミサがありそうな時間ではない。ところで内装が、ちょっと変わっていた。何しろ暗くない。でも明るいというわけでもなくて、言わば「ほの明るい」といったところか。何故かというと、会堂の天井と全ての壁が、白と水色と多少の中間色で描いた壁画で覆われていたからだ。線はくっきりと黒で引かれていた。実際の効果に沿って表現するなら、白地に線で形を描き、水色を所々置いた、といった感じだ。だから全体が白い。「明るい」に「ほの」を付けたのは、ほとんど単色といっても良いような絵なので、現実感が無く、まるで天国を覗いているような感じだったからだ。しかし描かれている対象は魚を売る娘だったり、海を見つめる漁師だったり、それに貝や魚網が並んでいて、漁村の風景ないしは漁師の暮らしだ。線が明瞭なので、霊を描いたという印象は受けない。しかし天使もいる。全体に明るい印象。やっぱり天国かな?
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「ご覧になりますか?3ユーロです」と声がした。天国に入る入場料ではない。壁画や展示を見る代金だ。「綺麗な絵ですね、明るいし。教会には珍しい」。 絵はジャン・コクトーが5年がかりで描いたものだとその人に教えられた。
https://en.wikipedia.org/wiki/Villefranche-sur-Mer http://www.rivieraexperience.com/about_villefranche.html http://www.beyond.fr/villages/villefranche.html http://wikitravel.org/en/Villefranche-sur-Mer http://www.villa-ephrussi.com |
ボーリュ・シュル・メール(Beaulieu-sur-Mer)
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今夏の終点ボーリュに辿り着いて、回想は終了。40年前にマリーナの装いを成した、ここは雨後の筍の一つ。が、フレンチ・リビエラの名を盾にとって高額を取るわけではない。いえ、実は南仏海岸で一番停泊料が安い。もちろん隣の古き気高きヴィルフランシュとは一見して異なる今風。豪華船とは言わないまでも、億の単位に届くかと思えるボートがズラリと並ぶ。イギリスの舟が多いのは、イギリス人が如何に値段に聡いかを実証している好例。皮肉ではありません。イギリス人の一人が自らそう言って笑ったのです。あるからといって、値段も見ずに金をばら撒くのは成金のする事… とまでは言わなかったが、その類をバカと見做しているのは確かだ。ともあれ、ここには全てが整っているのに何故安いのだろう。不審に思ってアラを探してみた。
先ず、バースもポントウーンも整っていて、電気も水も備わっている。これだけあれば、私などは当面不足は無いのだ。 その上燃料もあるから、欠乏状態の時には安心して飛び込める。とは言え、海では燃料はどこの港にも備えてある。無いのは運河の方だが、運河では4ノットが制限時速なので、燃料は長持ちするからだろう。 排水処理の業者も呼べる。わざわざ海に捨てに行かなくてもいいわけだ。ボートの持ち主が車を乗り入れられるように通路が広く取ってある。だからボートへの物の出し入れが楽だ。アウトボード・エンジンやらディンギーやら、ボートに備えるものには重かったり大きかったりする物が少なくない。食料や水だって、手で運ぶには重い。もっとも大概のマリーナには、運搬用に小型のトロリーが用意してあるのだが。洗濯機も乾燥機もある。警備人も常駐している。だからと言って、夕方散歩にやってくる土地の人を締め出すわけではない。念のための用意だ。停泊船の巡回も怠らない。それに強風注意報でも出れば、カピテナリーのスタッフが手分けをして各ボートの綱を補強して回る。 マリーナの周囲には、ボートに必要な各種の品を売る店が並ぶ。マリーナ内の通りは、花やベンチで飾ってある。街灯もある。マリーナの西側は立派なシップ・ヤードになっている。で、東側はちょっとスタイリッシュな海水浴場で、レストラン付き。サンデッキも有り。ジェット・スキー他の水上スポーツも可。言わずもがなに、レストランはマリーナに向かって10軒ズラリと並んで選り取り見どり。何が欠けているだろう。何も欠けていない。終い十二分に、キャピタンはキリリと締まったイイ男。それに英語で交渉が出来る有難い存在。プリント・アウトも、頼めば便宜を図ってくれる。流しが詰まって難儀をした時も、手助けをしてくれた親切気もある人。ただ回が重なると釘を打たれる。が、これは不服ではありません。野菜の供給も、ここでは出来る。町には大きなスーパーがあるので、近隣の住人が買い物に来る。ヴィルフランシュの住人も。広場には毎朝市が立つ。町には洒落た店がある。安売りの店も。掛け値なしの四つ星・五つ星ホテルもある。二つ星だが不都合のないホテルもある。さらに、ニースへは電車で15分。モナコへは12分。これではケチの付けようが無い。こういうのを「穴場」と呼ぶのだろう。 |
拾い物もあった。暇なので、町の観光案内のパンフレットを広げてみた。必要な物は何でも揃っている町だが、それ以上ではないと早合点していたが、文化的な物が一つあった。だが正直な話、パンフレットを読んだ時は随分物好きな学者が居たものだと思った。
しかし床のモザイクを見た時は、感嘆した。何処の遺跡を訪れても、床のモザイクが無傷のままに保存されていることは無い。人々に踏まれ、摩滅し、傷つき、色は残っていることの方が少ない。それが見事に復元されて床を飾っていた。ああ、こういう物だったのか、と私にも飲み込めた。華麗なものだ。ディオニソスの逸話を描いたのがあった。悪心を抱いた船乗り達をディオニソスはイルカに変えてしまった。ディオニソスが円の中心に、一人で存分に帆船を操っている。その姿には、力学的な美が備わっている。「弓を射るヘラクレス」の、あの姿だ。それを何頭かのイルカが取り巻いている図案だ。視覚的に華麗なだけではない。古代ギリシャ人が、神話と共に日々を暮らして居た事を示している。現代の見方で言えば、詩と共に暮らして居たと言うべきか。少しばかりゾクゾクするではないか。古代への情熱が私にも乗り移るような気がした。
夢から覚めるような思いで外に出ると、嫋やかな海の響きと潮の香りが漂っていた。ああ、彼はこのように暮らしたかったのか。ちなみにヴェレフランシエのロスチャイルドの館は、このヴィラに刺激されて建てた物なのだそうだ。
モナコ(Monaco)
遣り過ごした港が三つある。マルセーユとカンヌとニース。そして岬の向こうのモナコにも立ち寄る予定は無い。停泊料は知らないが、安いわけは無い。だが陸路で行くなら破産することもなかろう。
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そこでモナコを目指した、リュックに水2本とサンドイッチのお弁当を入れて。電車で行けば、次の駅だから代金は¥226。瞬く間に着いて降りる段になった。降りた途端にホームを歩く代金を請求された?そういう事はなかった。ビザを買わされることも、パスポートを提示するように要求されることもなかった。で、何処をどう行ったら外へ出られるのか分からないから、人の波について行った。皆んなエスカレーターで登っていく。私も準じた。確か三つエスカレーターを登ったと記臆する。すると皆んな出てチリジリになって消えてしまった。地図で見る限り、駅から港への車道は大きい「つ」の字型をして迂回していた。歩いて40分かかると踏んできた。 「さーて、今日は良い運動をしよう」と勇んで歩き出した。「おや、階段があるぞ。歩行者用の近道だ」。当然近道をとって降りると、又階段がある。又近道をとって降りて行くと、又々階段があった。かくして10分程で小さい方の港に着いてしまった。リュックを背負って、運動靴を履いてやって来たというのに。でも、歩行者に便宜を測った配慮を感じた。それに車道に歩行者がウロウロしないから、車を運転する方にとっても安心だ。なかなか心憎い。
で、辺りを見ると、急な斜面に段々畑の様にテラスを造って、レストランやらカフェやらビストロやらが都合よく収まって、何処に座っても港が眺められる様になっていた。昼食時なので、皆グラスやカップやお皿を前にして、喋ったり、頬ばったり、突っついたりしている。楽しそうだな… 。でも私には、お喋りをする連れはない。第一モナコで昼食なんか食べたら、幾らの伝票がやって来るやら。格好の場所にベンチがあった。手持ちのサンドイッチを食べている人もアチコチに居る。私も仲間入りした。
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次は何処へ行こう。目前の丘に登れるらしい坂があった。えらく広い坂だ。重要な坂に違いない。登ってみよう。上り詰めて見ると、そこは見晴台になっていて、かの有名なモナコの港が眼下にあった。あっ、何と華麗な!しばし眺めて、そして思案した。港としては、モナコも余り大きくはない。湾の中に何隻か大きな船が碇泊しているが、グランデ・モッテやアンテイーベの様な収容規模が港の中にあるわけではない。古き良き自然港は、現在の需要に合う様な規模にするには、地形故に限定があるということか。
ともあれ、湾を利用した港はニースも、ヴィルフランシュも、ボーリュも、そしてモナコも皆同じだ。しかしモナコは、何故に「華麗 」だと人に感じさせるのか。例えて言えば、同じ画架に同じ20号のカンヴァスを載せ、湾を手前に描き、背後に小高い丘が湾を囲む形に描いた。ここ迄は何処も同じだ。これにヴィルフランシュでは造船・修理のための建物を麓に並べた。一見倉庫が並んでいる様に見える。しかし壁は薄目のオレンジ色、屋根は濃い目のオレンジで、窓枠は白に彩色され、野暮ったくはない。その真ん中には、修理すべき船が乗り入れられる様に、長さ30メートルのロックを置いた。クレーンも置いた。機材も。ボーリュでは、白一色で統一した均一の建物を並べ、ファショナブルなマリーナ用品専門店とレストランを入店させた 。全て平屋建て。背後の町の視界を海から遮らないためだ。その真ん中にカピテナリーを置いて、監視塔が1階分高く聳えている。これは単調さを破るポイントにもなる。ニースには、周囲の丘に散歩道を付けた。海水浴場に沿ったプロムナードを歩いた後は、丘に登ってマリーナが見下ろせる地点まで散歩の足を延ばせるという趣向だ。それぞれ船舶収容、レジャー・ボート用、避暑地と役割に応じた配置だ。
ではモナコでは、世界の金持ちを満足させる役割を念頭に配置してあるのか?建物は丘の中腹辺りから始まっている。 いずれも飾り窓や、瀟洒なバルコニーが付いているヴィラだろうか?そうかもしれないが、そういう建物があるとしても、港全体を視界に入れる地点に立つと詳細は見えない。見えるのは、横長のコンクリートの建物が主体を成して並んでいる様だけだ。そこに縦長の建物が幾つか建っていて、バランス良く変化を生む結果になっているのは偶然か。ともあれ、ぎっしりと建物が並んで三重の層の中間の層を成している。一番上の層は半島も含めた丘が、緩やかに線を伸ばす。一番下の層は港である。港に沿って並ぶ建物やガジーボのすべてが白で統一されているので、白線を引いたように青い水との境を際立たせる。停泊する大小の舟も白。暫くこの配置を眺めていて、まるで古代ローマのアンフィシアターのようだと気付いた。もしそうなら、町が観客席で、舞台は当然港ということになる。つまりモナコ全体の造りが、港に視線を集めるようになっているのである。舞台の上には、もちろん世界に名だたる豪華船が美しい紺碧の海に、その内部の豪華さを十二分に想像させる姿で浮かんでいる。その背後の建物が少々平凡な長方形であろうが、丘の緑が些か禿チョロケていようが気にならないのは、視線を港に惹きつけられてしまうからだ。視線の先に見える豪華さの主役は他国の舟、即ち他人の持ち物だという点が賢い。一番金がかかって、必需品でもない物は他国民に支払わせていることになるからだ。
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モナコの王室はその初めから、ドン・パチ一点張りの軍人ではなかった。戦も上手いが、策を練るのにも長けていた。建国の父ともいうべき将軍は、女に変装して僅かの手勢を連れただけで城内に侵入し、イタリア人を追い散らしたというのが建国の楚として伝えられている。さらに未だ18世紀の大航海時代にあって、小国が生き延びる術は、地中海に贅を尽くしたカジノ王国を作ることだと見定めた。資金作りには、国土の3分の1をフランスに売却して得た。その結果がモンテカルロの建設である。超豪華なホテルを建てて、これ又超豪華なカジノで遊べるようにし、船で訪れられる設備も作った。ホテルにしろ、カジノにしろ、停泊するにしろ、いずれも金を落とす事は必定。それも、生半可な額ではない。かくして世界の金持ちが金を落としていく。が、その金を王室が独り占めにするのではなく、その金を国費にして国民から税を取らない方針にしたのだから名君だ。加えて権威を得るために、王子の称号も取り付けて王室の部類に入ったのも、先見の明があったと言えよう。さもなければ、近隣の王国に従えられる羽目になったかもしれない。
ところで、モナコへ行くなら海洋博物館に是非立ち寄る事をお勧めする。水族館が充実しているのです。収容されている殆どの生物が本博物館で生まれ育っているそうで、孵化技術を始め、専門家にも良い参考になろうかと察する。 |
カンヌ(Canne)
ボーリュから電車でカンヌ迄は30分、金額は¥452。映画祭で有名な催し物会場では、年中色々な催しがある。私が訪れた日も何やら催されていて、名札を首に下げた人たちが、ランチを食べに会場から出て来たところに行き合わせた。駅から港に向かってファッショナブルな店が並ぶ通りを歩いて来ると、海辺にデンと構えて、実物の100倍位の大きさの俳優達の姿が近作の紹介のために貼り出されているから直ぐに分かる。
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カンヌの港の停泊料は、世界で最も高い十指に入ると先述した。見惚れるような船がズラリと並ぶ。今日は手弁当を下げて来なかった。そこで港の周りに並ぶレストランで、私もランチを食べる事にした。滅多にしない贅沢だ。が、メニューを見て歩くと、2コースで¥3,400というのが並んでいる。高くない。貝類の前菜に、主菜は家鴨を注文した。これが飛び切り美味しかった。あんまり美味しかったからチップを弾んだら、ボーイさんがビックリしていた。直ぐに嬉しがるというのも困ったものだ。お陰でロンドン並みの高さになってしまった。
海を眺めながら、美しい船を前に、暖かい10月の陽だまりに座って、美味しい料理に舌鼓を打つ… 何という幸い。それにしても、ヴィルフランシュのレストランは何故4割方も高いのだろう。 |


