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タバナンのリゾート、サハジャ・サワ(Sahaja Sawah, Tabanan)

定年後をどうやって暮らそうか、と思案している方々へ

​​避寒地 その6  バリ島
タバナン、ウブド

​呼び出しが掛かった。台北で2年半教師生活をしていた娘がイギリスに帰って来るという。帰途は、東南アジアからニュージーランドを半年かけて旅しながらイギリスに向かうのだそうだ。大変な迂回だ。しかも生後6ヶ月の赤ん坊を連れて。「大丈夫カナ?」というのが正直なところ。「大丈夫ヨ」と娘。その娘が「11月の下旬にはバリに着くから来ない?」というのだ。バリ島には2012年の2月に私は訪れている。バリ島は楽園だ。
 
バリ島を楽園と呼ぶ私の意味は、他の人々とは少し違う。「常夏の島で、椰子の葉陰をそよ風に吹かれながら、白砂の上を素足で歩いて ... 」という一般の理解に加えて、バリの人々は嫉妬とか羨みとかいう思いをもたないらしいのだ。そして親切で、礼儀正しい。ただ、それだけに、何というか、私は一抹の痛みを感ずるのだ。
 
前回は正味1週間の滞在で、しかもリゾートに缶詰だった。飽きて、外に出てみる事にした。交通の便はない。つまり徒歩。小一時間歩いて町らしい所に来た。予想したよりも大きくて、その忙しそうな様も意外だった。しかし何より驚いたのは、その貧しさだった。リゾートで働いている人達は、この町から通って来るのだろうか ?どこにも座る所は無い。カフェなどはもちろん、バス停のベンチも無い。再び小一時間かけて歩いて帰るには、気分的にも疲れていた。タクシーを探したが、見当たらない。通りがかりの人に聞こうにも、言葉が通じない。言葉が通じる人がいるのは何処か。「International bank」の看板が目に入った。同様に見すぼらしい。しかしコンクリートの二階建て。ともあれ入ると、行員の一人が「お送りしましょう」と言ってくれる。その人の車でリゾートまで送ってもらって、タクシー代ぐらいの礼金を差し出すと、「いえ、とんでもない」と言う。手間暇を掛けさせて、ガソリン代も払わせて、実費も取らないというのでは、私の気持ちが収まらない。貧しい町の有り様が、私を非難していた。再び行けば、もう少し治まりの良い理解が得られるかもしれない。行こうかな?
 
バリ島に行くにはデンパッサーの空港に飛ぶ事になる。前回はデンパッサーの東海岸に滞在したので、今回は西海岸に住居を定めた。

​住居

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タバナンのリゾート。庭から二階建てのアパートを見る。
​ネットで検索してみると、こじんまりとしたリゾートが海辺近くにあった。タバナン(Tabanan)という町の外れに位置する。Google で距離を測ると、デンパッサーから車で40分と出て来た。住まいは、階下が居間と台所になっていて、その中間に大きな食卓がある。自炊設備も完備。二階は、バスルームを境に寝室が二つある。寝室の一つにはバルコニーが付いていて田園を見下ろす形になっていた。町の喧騒から多少の距離があるというのは好ましい。小さいリゾートだから、プールは徒歩30秒の所にある。値段はアパート単位で、一人で住んでも4人でも同額。3週間で13万円。何でこんなに安いのだろうと不思議に思った。しかし不審な点は無いようだった。

​気候

Pictureサイチョウがカゴの中に居る。
言うまでもなく、常夏。で、楽園の気候を改めて確認すれば、年間通じて温度は27度前後、湿度は80%以上だが、海辺にいると常にそよ風が吹いているせいか、不快を感じない。又山間部に行くと温度が20度位まで下がるので、これまた不快からは無縁。雨季は12月から3月だが、暖かい雨。雷を伴う豪雨だが、慈雨という印象を受けた。水田を前にして暮らしていたせいかもしれない。乾季なら、平地では毎日晴天。環境の質を示す指標(Environmental Quality Index)というのが出されている。バリ島は99.65。当然最高。約280種の鳥が生息しているのだそうだ。農夫が土を耕す後を、数羽のシラサギが追って行く。ミミズを啄んでいるのだろう。常に辺りには、羽ばたきや囀りが聞こえて来ていたような気がする。
 
山間部にあるウブド(Ubud)を訪れる途中のレストランで、サイチョウが飼われていた。お陰でつぶさに見ることができた。しばし眺めた後で考えた。鳥が最も鳥らしく存在する時は、飛んでいる時だろうが、そうだとすれば籠に入れられた鳥は、鳥であることを否定されているようなものだ。人間であれば、考える術を奪われたようなものだ。イエメンの王宮でも鷹が飼われていた。1メートル四方の檻の中に入れられて、見せ物になっていた。その表情は雄々しかったが、それだけに悲劇的だった。

凄い雨が降った。夜空に雷が火花を散らす。幾つも、幾つも、鳴り続ける、遠く、近く。清々しいその鳴りっ振りに、耳を傾けた。すると又光る、小さかったり、大きかったり。本当に雷神がいて夜空を駆け巡っているような気がした。辺りにはネオンも街灯も無いので、光の凄まじさが真面(まとも)に見えた。翌朝タクシーで出掛けて、いつも通る川に来ると道が無くなっている。「これでは通れない」と思ったが、前を行くオートバイは躊躇無く水の中を突っ切って行った。もちろん私の乗ったタクシーも。水深はタイヤの下方3分の1位だった。豪雨が降れば川の水嵩が増えて道が見えなくなっても、土地の人たちは何処に道があって、水深がどの位になるかを知っているので慌てない。
 
https://en.wikipedia.org/wiki/Bali
https://www.holiday-weather.com/bali/averages/
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水面下になった道をオートバイが行く。

​地勢

​デンパツサーを出て西に向かうと水田が広がる。バリ島の南部には平地があるので、稲作が盛んだ。北部は山岳地帯で、コーヒーが栽培される。バリ島は九つの区域に分かれていて、それぞれ規則が多少違うようだ。例えばデンパッサーでは建物がいくらでも建っていくが、タバナンでは水田を宅地化してはいけないのだそうだ。だから一帯には青々と水田が広がる。目が洗われるようだ。ところでバリ島の最高峰アグン山(Gunung Agung)は「母なる山」と呼ばれるのだが、活火山だ。今後百年以内に大噴火が予想されているという。恐ろしい事だ。
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リゾート近辺の水田。12月初旬。米が実り始めている。
恐ろしいのは地上だけではない。バリ島の東にはロンボク海峡(Selat Lombok)が位置するが、その幅は最短の部分は僅かに20km。それなのに太平洋の水がインド洋に流れ込む五つの流れの一つだというのだから、これまた恐ろしい事だ。近辺には大小の島が散在しているが、その間を太平洋が五つに別れてインド洋に流れ入るという事実は、私の想像を絶する。
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驚異的な事実はこれだけではない。バリ島を含む近辺の島々は、氷河時代にはアジア大陸と繋がっていた。したがって動物の分布はアジア大陸と共通するが、目と鼻の先のオセアニアとは異なる。この境界線ワラス・ライン(Wallace Line)がロンボク海峡にある。何故この辺りが水面下に没したのか。氷河が溶けて水面が上昇したからか、地殻変動でもあったのか。いずれにしてもこの辺り一体が、地学的規模で大きく変動した時期があった。現在でも環太平洋造山帯と呼ばれるバリ島をも含む(日本も含む)太平洋を取り囲む土地には、世界の火山の8割までが存在する。その造山帯の一点に、水深250m以上幅わずか20kmの峡谷の上にバリ島は存在しているという事になる。
 
活火山を抱え、二つの大洋の通り道に位置し、大峡谷の天辺に存在するバリ島は、危険の上にポツリと浮かぶ楽園のようだ。 
 
https://en.wikipedia.org/wiki/Bali
https://en.wikipedia.org/wiki/Indonesian_Throughflow
https://en.wikipedia.org/wiki/Lombok_Strait
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E7%81%AB%E5%B1%B1%E5%B8%AF

歴史

バリ島に人類が住み始めたのは紀元前2千年辺りらしいが、10世紀に入るまで王国らしい存在は記録に残っていない。西隣の島ジャワ島にはマジャパヒト帝国(Majapahit Empire)が13世紀後半から存在して、バリ島はその植民地になっている。マジャパヒト帝国の最盛期には現在のインドネシアばかりかシンガポール、マレーシア、ブルネイ、タイ南部、東テイモア、フィリピンの南西部にも及んだ帝国を形成したと伝えられるが、現存する資料が乏しいため、史実としては論議の余地があるようだ。ともあれ16世紀始めにモンゴル帝国に抵抗した結果、マジャパヒト帝国は崩壊し、しかしモンゴル軍も季節風を逃せば帰国を半年延期しなければならないという焦りから軍を引き上げるという混乱の中、マジャパヒトの民の多くがバリ島に引き移っている。又この混乱を機に、バリ島は独立国になる。同時にマジャパヒトの民と共にヒンドウー教がバリ島に伝わり、インドネシアで唯一のヒンドウー教を信仰する土地として現在に至る。
 
時を前後して、ヨーロッパ人がやって来る。まずポルトガル、そしてオランダ。学術的軌跡も残している。1860年に、ウエールズ人の自然科学者アルフレッド・ワラス(Alfred Wallace)が来島して、バリとその東隣のロンボク島との間が動物相の境界であることに思い至る。名付けてワラス・ライン(Wallace Line)。さらに彼は、バリ島の灌漑法にも着目している。彼の著書『マレー諸島(The Malay Archipelago)』から引用すると、
 
                     I have never beheld so beautiful and well-cultivated a district ... Houses and villages, marked out by              
                     dense clumps of coconut palms, tamarind and other fruit trees, are dotted about in every direction;    
                     while between them extend luxurious rice-grounds, watered by an elaborate system of irrigation ...
 
                     こんなに美しく、しかも良く耕された土地を... 私は見たことがない。... 家々、村々が椰子の木やタマ
       リンドその他の果樹に飾られて、あちこちに散在している。その間を美しい水田が入念な灌漑法で引
       水されて広がっている ...

​
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棚田。thingstodoinbali.com
バリ島の灌漑法はスバック(Subak)と呼ばれ、水田に水を引くというだけではなく、神、自然、人間の総合的な在り方を念頭に置いたシステムのようだ。端的に言えば、神が水を田に引く許可を与え、水は地域で共有し、水田で実った米は神からの賜物と考える。現代的に解すると、生態系を念頭に、地域の住民が協力して水を共有する、ということだろうか。言葉にすると簡単だが、世界の歴史上、人間がどうしても果たせないで今日に至るシステムだ。このシステムには神の下に、対立、貪欲、利己的な考えを抱く隙間はない。また、スバックに加盟した者は灌漑の工事から、その保持、害虫駆除、儀式まで、そして水源(川)から水を引き、灌漑の後は水を水源(川)に戻すまで、稲作の全行程に於いて責任の一端を担う。これほど民主的な体制を、千年前に確立し且つ維持し続けている土地が世界の何処にあろう。

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水田の真ん中に神を祀ってある。balitravel.com
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スバックの水路。trakearth.com
とはいえ、ヨーロッパ人がバリ島を植民化しようとしたことは従前の通り。それを嫌った王族を始めとした何千人もの島民が、自害を選んだ。前例がある。ローマ軍に攻められた*カルタゴ最後の日々だ。カルタゴ人はローマに引かれて行くよりは死を選んだ。一人また一人と、次々に城壁から身を投げたのである。これに対してローマのやり方も徹底していた。死の町と化したカルタゴの土地に塩を撒いて、作物が実らないようにしたのである。バリ島を植民地にしたオランダ人が、ローマ人に習わなかったのは幸いだった。さもなければ、ワラスが目を見張って称賛した水田も灌漑法も、亡き物になっていたかもしれない。とは言え殺戮・破壊に及んだのは同じ。1602年のオランダ東インド会社の設立に始まって、バリ島がバリ人の手に戻ったのは1945年の第二次大戦の終結まで待つことになる。しかし他のインドネシアの島々に比べると、オランダのバリ島への介入は遅れた上に、統治も浸透しなかった。島民の根強い拒否があったからだが、何がバリ島の人々を他とは違えていたのだろう。
 
*カルタゴ:現在のチュニジアに在った古代の帝国。ローマ帝国の強敵だった。
 
https://en.wikipedia.org/wiki/Bali
https://en.wikipedia.org/wiki/Majapahit
https://en.wikipedia.org/wiki/Subak_(irrigation)
https://www.nowbali.co.id/balis-subak-system-irrigation/
『ローマ人の物語』塩野七生著

​現状

​古来、バリ島の主な産業は農業だったが、1963年にスカルノ大統領の発案で観光ホテルが建てられて以来、観光業への投資が増大し、さらに1970年にはデンパッサーに国際航空ができて、バリ島は世界の観光スポットに変身した。世界で観光客が最も多く集まるのはギリシャのサントリーニ島、2番目がバリ島である。2013年には、観光業が主な産業になり代わっているのも不思議ではない。
 
しかし楽園にも悩みがある。水不足である。何故か。雨季には最大1ヶ月に400mm降る。小さな島だから大河は無いが、川は400本に上る。しかし乾季には、その90%が枯れ床になってしまう。湖も池も多くはないが在る。貯水池もある。しかし土地の殆どが斜面で、雨は海に流れてしまう。しかし古来バリ島では水田を維持して来た。農業で生計を立てて来た。それなのに何故、今、水不足に悩むのか。膨大な数の観光客を持て成す為の水は、降っても湧いても来ない、という事らしい。
 
旅行者の方にも「悩み」がある。例えば私の場合は、交通機関だった。飛行場からリゾートまでは車で40分なはずなのに、2時間半かかった。道路が狭い上に、車やオートバイが列をなして動いている。いや動いていればいいのだが、デンパッサーの道路では動けない事も多かった。リゾートではオートバイが無料で借りられた。でも私はオートバイに乗れない。おまけにリゾートの近辺は舗装道路ではないので、つまりデコボコ道なので、娘の伴侶さえ使わなかった。いや、滞在客が使っているのを見たことは無かった。だから市場に行くにも、海辺に行くにも、観光地に行くのも、全てタクシーで長時間かけて行くことになった。
 
リゾートは居心地よく出来ていたし、ミニ・スーパーも付属していたから当座の間に合わせには不足は無かった。レストランもあったから、食べるのに困ることも無かった。しかし3週間暮らすには、間に合わせでは通せない。レストランのメニューには限りがある。そこで市場に行ったが、何も買わないで帰って来た。鮮度も、清潔度も、覚束なかったからだ。何しろ並んでいるものが、貧相で買う気にはなれなかった。ちゃんとしたスーパーマーケットは無いのか?無いのだ、デンパッサーまで行かなければ。そこで往復5時間かけてスーパーに行く事になった。
​
Picture道端に立つバス停ならぬ休憩所?
 毎日午後には散歩に出た。近辺の畦道を辿ったり、海辺に続く道を歩いたり。バス停のようなものがあった。しかしバスは通っていない。どうやら日除けの休息所らしい。店開きをしている家も幾つかあった。並んでいるのは、どれもこれも発育不全の作物だった。品数も少ない。バリ島は農業で成り立っているはずなのに、何故だろう?後で知った事だが、売り物になるようなものは全てデンパッサーに出荷してしまうのだそうだ。 ​

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レモングラス。左がデンパッサーのスーパーで買ったもの。右はタバナンのリゾート近辺の店で買ったもの。
海辺まではリゾートが車を出してくれる。デコボコ道を15分ほど行くと、海に出た。インド洋だ。大きな波が凄まじい音を轟かせて打ち上げて来る。その荒々しい音を、胸高鳴る思いで聴いていると、生後11ヶ月の孫息子が大声で泣き出した。波の音に対抗した訳ではない。どうやら轟が恐怖心を煽るらしい。赤ん坊を宥めながら、誰もいない海辺をしばらく歩いた。
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混乱した波が寄せて来る。
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大きな波が打ち上がって来る。どれ程の距離を旅してきた波だろう。
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ほんの30分程の間に雲が覆いかぶさり、雨になった。
いや、居た。二人の人が焚き火をしていた。彼女達はゴミを集めて、燃えないものはカゴに、燃えるものは焼いていたのだ。リゾートが彼女達を雇ってしている事だと、後で知った。大洋が大量のゴミをここにも運んで来るのだった。
 ​
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ゴミ処理をする人二人。
数日して孫がグズルようになった。親二人に私も加わって分析してみた。彼はプールで遊んでいる時には楽しそうだった。家に入って来て皆んなでボール投げをしたりすると、喜ぶ。しかし一日中プールにいるわけにも、何時間もボール投げをするわけにもいかない。大人達は結論した。退屈なんじゃナイ?そして親達も呟いた。「ここでは何もすることが無い」と娘が言った。それに「プールに寝そべる人もいないし、レストランに行っても、誰もいない」。小さいリゾートなのだ。実は親達も退屈していたらしい。確かに缶詰状態だった。そこで、ウブドに足を伸ばすことにした。

Googleは46分と出してくるが、たぶん3時間かかるのだろう。前回訪れた時、ウブドからマンギス(Manggis、東海岸にある海浜町)まで移動したが、昼食を挟んでの一日仕事だった。そこで、どうせの事だからコーヒー園に寄ったり、画廊に寄ったりして、さんざん道草を食って行った。
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案内嬢がコーヒーの木を示す。
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試飲所。庭にはコーヒーばかりか、さまざまな香草、香木が茂る。
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ウブドの画廊。中庭を囲む建物には、写実絵から抽象画まで、広範な絵が展示される。
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画廊に展示されていた一枚。マンゴーの木に5羽の鳥が集う。
リゾートは谷間を生かして、密林を眺め下す様に造ってあった。イギリス人の設計によるそうだ。部屋のバルコニーに出ると、密林が眼下に広がっている。前回泊まった時も息を呑んだ。今回も、ほぼ同じ位置にある部屋を選んだ。
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ベランダから谷を見下ろす。
タバナンから送って来てくれた運転手が、リゾートの堂々たる構えに驚愕の声を発した。帰途、広大なリゾートからタバナンの宿に戻って来ると、入り口の慎ましい佇まいを見て、ウブドの運転手は見下すように舌打ちをした。楽園にも、聖人ばかりが住んでいるわけではないと知った。
 
https://www.idepfoundation.org/images/idep/how-you-can-help/support-a-project/bali-water-protection-program/bwp_annex1_bali_situation_overview.pdf
https://en.wikipedia.org/wiki/Subak_(irrigation)#/media/File:Batukaru1.JPG
https://www.tripsavvy.com/introduction-to-transportation-in-bali-1629013
​

​物価

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タバナンの市場の入り口。
活気はあるが貧しげな町、地方の市場の貧相な品々、しかし村道に並ぶ立派な門構の家々。バリ島の人々の収支はどうなっているのだろう。
 ​
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リゾート近辺に並ぶ家の一軒。

一人のアメリカ人が、バリ島で住むための経費を詳しく調べていた。彼の調査によると、1ヶ月8万円から30万円掛かるが、ナイス・ライフを維持するには14万円あれば良いと算出していた。彼は経費の内訳も出していた(まるで私みたい。気に入ってしまった)が、家賃が経費の3分の1から半分を占めている。
 
他のサイトを覗くと、バリ島の住民の月割平均の収入は10 万7千円と出てきた。この数字は給料に交通費、住宅手当その他の経費を考慮した額が上乗せになっているもので、ボーナスも加わるのが通常のようだ。所得税は年総収入が¥478,605(DR60,000,000)から¥1,994,188(IDR250,000,000)までは税金は15%だから、月割平均から税金を引くと9万1千円ということになる。一人なら「ナイス・ライフ」には遠いが、共稼ぎならゴール・イン出来そうだ。
 
さらに検索すると、職業別の収入を掲載していたサイトがあった。例を挙げると、
                 
                <職種>                       <手取り月割収入>                 
                  薬剤師                                       ¥109,980              
                  看護婦                                       ¥  74,922              
                  小学校教師                               ¥  61,955              
                  シェフ                                       ¥  79,239              
                  ウエイター/ウエイトレス       ¥  54,266              
                  受付係                                       ¥  50,432              
                                   
 
医師と出て来ても良さそうなところに薬剤師が挙げられている理由は分からないが、他の資料を見ると、医療はデンパッサー以外の地域では限りがあるとしていた。薬剤師で補っているのかもしれない。シェフ、ウエイター、ウエイトレス、受付係は、いずれも観光客相手の職種と考えて良いだろう。バリ島の経済の担い手だ。女性が活躍できる職種でもあるから、同居する両親に子供を預けて共稼ぎができる。家が持ち家なら、3世代家族が暮らしていけそうだ。しかし家賃を払うとなると、ちょっと厳しい。バリ島はインドネシアで最も豊かな地域の一つであるのだそうだが。
 
ところで、上に挙げた職種で平均収入を得ているのは薬剤師だけだ。看護婦や教師は資格所持者だろうに「平均」には程遠い。資料には26種の職業が列挙してあったが、「平均」に至らない職種に、会計士、コンピューターの技師やプログラマーが並んでいた。先進国では高級取りの部類に入る職種だ。一体どんな職につけば「平均収入」が得られるのか。ともあれ「平均」以上の収入を得ているのは、銀行やホテルの支配人、弁護士、歯医者等。都市計画や交通事情といったインフラが整っていないので、町は貧しげに見える。また、水道水も沸騰させなければ飲めない。医療も十分ではない。教師も含めた専門職についていても「ナイス・ライフ」は望めない。しかも、これまでに挙げてきた数字は給料取りの収入だ。
 
給料取りではない農民はどうなのか。バリ島は古来農業で立ってきた。だから農民の収入を挙げなければ、正確な情報を掲載したことにはなるまい。すると、ショッキングなサイトが出てきた。「バリ島の住民の大部分が農業を営むが、農業では暮らしが立たないので他の収入に依存している!」(『Sawarah Bali』)。つまり千年の伝統あるバリ島のスバックは、兼業農家で支えられているという事だ。
 
                  観光客はバリ島にやって来て水田の美しさに見惚れるが、農民は観光客から経済的恩恵を受          
      けることはない。
 
                  農地を売ることを法律は禁じるが、農民の経済的向上を法律は保障しない。
 
                  観光業がG N Pで2位になって多くの人が中産階級に移行しても、農民は置き去りになる。(『Sawarah Bali』より引用意訳)
 
前回バリ島を訪れた時は先ずウブドに2泊して、次にマンギス(Manggis)で4泊した。マンギスはデンパッサーの東に位置していてパダン(Padang)の北方、湾に面した海浜地だ。両方のリゾートは同じ経営グループに属していて、山間のウブドと海辺のマンギスの両方を満喫するというパッケージだった。だから移動にはリゾートがジープを出してくれて、念の入った事に、昼食時には大そうな膳立てが用意されていた。昼食後、裸足の女の子が物売りに来た。人形の様なものを私に差し出して、「買ってくれ」と言っているらしい。私が「いらない」と首を振って、運転手がエンジンをかけても、その子は去らない。ジープが走り出すと、その子も走って、いつまでも走り続けて、ジープが轢いてしまいそうで危ない。走りながら、その子はジッと私の視線に縋り付く。この切羽詰まった貧しさが、バリ島の贅沢な「楽園」リゾートの背後に潜んでいるらしい。
 
ホテルのカウンターで請求書明細をもらって見ると、税金が21%だった。先進国並みに高いので不思議に思って尋ねると、11%がバリ島政府に、10%はインドネシア政府に払わなければならないのだと「耳打ち」された。税金の二重取りだ。インドネシア政府はバリ島に課す10%の税金を何に使うのだろう。
 
大部分の島民が「平均収入」を得られていないという事は、富の分配が不均等だという事だ。さらに観光客を惹き寄せる美しい水田を維持する農夫が、観光業の恩恵を受けられていないのは不公平だ。庭師に庭を作らせて、手間賃を払わないのと同じだ。他人の庭を客に見せて宿賃を取っているようなものだ。これらの点と共に、インドネシア政府の税制が「楽園」に陰りを作っているようだった。鋤を牽かせる農夫が、観光客の私に投げた視線は柔らかくはなかった。
 
例によって比較だが、今回は娘たちが十日間一緒に暮らしたので、食費は外食も含めてあまり参考にはならないのでカッコで括った。遠出費用はウブドのリゾートで二泊した値段。もちろんカップルで泊れる部屋。
​
二組のカップルがタバナンで3週間滞在する値段はウブドでの2泊分に相当するというのには、笑ってしまう。

ウブドはバリ島でも人気のある土地。しかもリゾートは5つ星。部屋そのものに違いは無い。違うのはリゾート全体の設備。タバナンではレセプションとの応答は全て携帯で処理。レストランに行けば、受付嬢が走って来てウエイトレスをやる。付属のミニ・スーパーに入れば、やはり受付嬢がやって来て応対した。ウブドの方は全てが整っていて、然るべきように事が運んだ。レストランに行けば、ウエイトレスが注文を取りに来る。プールに行けば、タオルが用意される。プールサイドにはカフェがあって、飲み物や軽食が注文できる。売店に行けば、バリの特産物の粋が並んでいて、土産物が買い揃ってしまう。夜デイナーに出て行けば、装った滞在客のさんざめきが辺りに満ちる中を、ウエイターがその夜の特別メニューを紹介してくれて、食前酒を飲みながらメニューに目を通し、ワインを選び ... といった感じに全てが進む。しかし、こういった暮らしは2晩やれば十分。3日目からは飽きてくる。何というか、暮らしているというよりは、筋書き通りのゲームをやっているような気分になって来るのだ。

​
4つ星
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寝室の一つ。水田を見下ろす。
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子供用の浅いプールと大人用のプールが隣合わす。
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お客が居た事のないレストラン。
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家庭料理風のメニュー。
5つ星
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背後に露天風呂が付いている。
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谷間にせり出すように設計されたプール。
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連夜、お客で賑わうレストラン。
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伝統を踏まえた創作料理。

                                                                                                                                      (下記の数字は全て¥)
 
                       バリ          ヴェトナム        クチン        カスカイス         パフォス         パレルモ
       住居費           126,712      (152,320)           181,830             260,568            262,912          214,650
       食費              ( 32,875)         -                        9,564               97,960               46,452.           38,796
       飛行機             50,836           (69,360)             71,949             24,490              23,700.           41,658
       交通費             18,886           (18,290)             21,794                17,380              66,044            12,084
       外食              ( 20,541)          (54,880)             16,592                16,000              12,640            16,695
       入場料               1,164            (     449)           -                   11,000                   948              4,770
       遠出費用         59,462         (21,000)            50,218                -                         -                      29,733

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       合計               310,476          (315,850)          351,947          427,398            412,696         358,386      

換金レート:¥1=IDR124,496
 
https://alittleadrift.com/should-you-move-to-bali/
https://www.salaryexpert.com/salary/area/indonesia/bali
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https://taxsummaries.pwc.com/indonesia/individual/taxes-on-personal-income
https://www.sawahbali.org/the-issues
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​文化

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民家の間に立つ寺の一つ。タバナン。
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民家の塀に刻まれた浮き彫り。タバナン。
​オランダに統治されていた間も、バリ人は自らの宗教と文化を守った。私の滞在を振り返ってみても、伝統的な建物や装飾、民家の間に紛れて立つ寺々がタバナンでは目立ったのが思い返される。
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民家の塀。これは型にセメントを流して造った飾りのように見えた。タバナン。
Picture男女合わせた5人の掃除夫のうちの二人。毎日やって来て、手際良く掃除をしてくれた。
昨今では世界中どこに行ってもTシャツにジーンズという姿は同じで、見方によれば、誰もが制服を着ているみたいだ。もちろん動きやすくて、その上安価で丈夫で洗濯も簡単だから誰もが着用するのだが、タバナンのリゾートでは週に1度、スタッフ全員が民族衣装で出勤した。見た目に華やかなだけでなく、彼らが自分自身に戻ったように、私の目には映った。一人一人が個性を広げて見せているように見えたのだ。そして何より良いのは、民族衣装は、彼らの姿態や顔立ちにしっくりする。

​青々とした水田がバルコニーの前に広がる。水田は全て人の手で営まれる。重労働だ。農夫が牛に鋤を牽かせて土を耕していたのに行き合わせた。ベランダから眺めていると長閑(のどか)に見えた光景だが、散歩に出て、たまたま行き合わせて側で目にすると、大変な仕事だということが分かった。ある日、数人の男女が刈り入れしているのが、ベランダから見えた。あれも側で見れば、如何に腰を痛める仕事であるかが分かるのだろう。
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寝室のバルコニーからの眺め。
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散歩の途中で会った、供物をする人。
道に並ぶ家々は、立派な門構の家が多い。庭の真ん中に、屋根だけが付いた高床式の3畳間位の建物がある。涼み台らしい。木々が木陰を作っている。花が咲いている。道端の所々に神様が祀ってある。ヒンズー教の神様だが、いつも*閼伽棚(あかだな)には沢山の供物が載っていた。日本では、今でも仏壇や神棚を各家庭に置いているのだろうか。毎朝、水とご飯と、花が萎れていれば新しい花を供えて一瞬黙祷する、あの習慣のようなものなのだろうか。バリ島の人々は、神像を洗い清め、供物を欠かさなかった。
 
*神や仏に捧げる花や水、食べ物を置く台。
Picture午後3時から4時の間にプールサイドに居ると、ボーイさんが声をかけて回る。「お茶はいかがですか?」お菓子は日替わりで、インドネシア(バリ?)の物。
​ウブドでは、午後のお茶を甘味付きでサービスしてくれた。お茶はレモングラス等の香草を10種程並べて、好みに合わせて数種選んで湯を注いで入れてくれる。ハーブテイーだ。私には、このお茶が美味しかった。リゾートには菜園があって、そこから摘んで来るのだから、新鮮で香り高い。私の気に入りは、柔らかいレモングラスを削ぎ切りにして、土生姜を擦り下ろして、一緒にカップに入れて湯を注いだ一杯だった。レモングラスの爽やかな香りがカップから立ち上がって来て、口に含んで飲み込むと、喉の奥に生姜の味が残った。タバナンに戻って来ても、朝一番にレモングラスと生姜を用意して、このハーブテイーを楽しんだ。

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朝の食卓。朝靄が立ち込める庭を眺める。
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バトミントン・コート。
Picture左手にカフェが見える。
​ウブドのリゾートの食事はバリ島自慢の品々。プレゼンテーションにも念が入っている。アラカルトもあるが、二人以上のグループが、伝統の料理を一式纏めて取れるコースもあった。俄然、食事が楽しみになった。広大な敷地を散歩するのは心地良い。バドミントン・コートもあったので、家族で一試合やった。プール脇のカフェには滞在客がいるから、客同士のおしゃべりにも花が咲いた。しかしウブドで私がこよなく愛でたのは、ベランダからの眺め、密林の谷。

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谷底から靄が立ち上っている。
​バルコニーに訪問者があった。サルが座って、私を見ている。よく見ると、近くの木にも留まっている。枝にぶら下がって、忙しげに実を食べているのもいる。翌朝、朝食に出て行くと窓辺にも座っていた。その内、レストランの真ん中で大騒動が起きた。配膳台の上に並んでいた料理を掻っ攫っていった一匹がいたのである。ウエイターが棒を持って追いかけて、外に追い出した。
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隣室との境にサルが座っている。
​バリ島には珍しいコーヒーがある。世界で一番高価なコーヒーだそうだ。1kgで$700。日本円に換算すれば¥80,000。その名はコピ・ルワ(Kopi Luwak)。コピ(kopi)はインドネシア語でコーヒーの事。 ルワ(luwak)はモングースの事。つまりモングース・コーヒーという名前だ。何故モングースが引き合いに出されるのか。実はモングースの糞で作ったコーヒーだからだ。火山灰地とコーヒー栽培に格好のバリ島の気候がコーヒー豆を実らせる。モングースはその最も熟した実を食べて、24時間から36時間かけて排泄する。その排泄物から豆の部分を取り出して丁寧に洗って乾かして、中位に煎って出来上がり。斯くして世界で最も高価なコーヒーが出来上がる。まあ、手間がかかるのだろう。健康的側面から言えば、酸化防止(antioxidant)の効果が高いので、胃癌や糖尿病の防止に役立つのだそうだ。
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モングースが昼寝をしている。
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コーヒー豆を焙煎する人。
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色々な植物の実、葉、根、茎、樹皮で作った飲み物。もちろんコーヒーも何種類かあった。
Picture胡蝶園の庭。
​​胡蝶園というのがあった。特に興味がある訳でも無かったが、暇があるので行ってみた。蝶は早朝に蛹から孵って、午前中の間は思うように動けないのだそうだ。案内嬢は説明しながら、その朝孵った蝶を数匹づつ、私たちの衣服に留まらせていった。大振りの蝶が3匹私のブラウスに留まっているのは、不思議な感覚だった。動けない蝶が、私のブラウスにしがみついている。幼気(いたいけ)ない存在だ。ソーッと保護しようという気持ちが湧いてくる。2週間ほどしか生きない、微かな生命だ。蝶の羽ばたきは、人間の聴覚には微かであり過ぎて、聴こえない。静かな庭だった。

案内嬢が不思議な生き物を見せてくれた。昆虫が居ると彼女は言うのだが、私達には掌の3分の2位の大きさの葉が重なっているのしか見えない。ジッと目を凝らしていると、その内の1枚が微かに動いたのが、見分けられた。何という自然の不思議。完璧な保護色であるばかりか、形も大きさも、留まっている葉にそっくりなのだ。

​驚愕、発見、新事実。言い尽くせないような満ち足りた気分で園を出て来た。

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蝶にしがみ付かれて、くすぐったいような嬉しさが込み上げて来た。
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これは昆虫。
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ガネーシャの石像。
タバナンのリゾートは、建物の装飾も伝統的だった。先ず門を入ったところに4m位の高さのガネーシャの石像が祀ってあった。ヒンズー教の「富の神」だ。象の顔で牙が1本欠けていて、腕が4本あって太鼓腹。手にはお菓子がいくつか載っていることが多い。彼は甘党なのだ。知的な活動の保護もしてくれる。プールの周りにも石像がグルリと並んでいた。こちらは、それぞれ笛や鼓を持っているので楽師らしい。そういえばウブドのリゾートには宗教色が無かった。それもそのはず、持ち主はカナダ人で生粋の経済人。贅沢なホテルを東南アジアに幾つも建てて、高級ブランドを創り上げた人物だ。引き換え、タバナンのリゾートは5人のバリ人が起こした非営利団体で、創設の目的は地域の人々、ひいてはバリ人の生活向上にあった。利潤は寄付も含めて、全て地域のために、あるいは貧しい人々に付与される。
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楽師たちが、各々の楽器を抱えて並ぶ。
Picture民家の庭深くに飾られていた彫像。門の外から撮った一枚を拡大したのだが、像が黄金のように輝いている。

 


危険の上にポツリと浮かぶ楽園。密林と水田。鳥、蝶、虫、猿。そして色取り取りの果物と花々。

​ウブドのリゾートには図書室があった。座って大判の写真集を手に取って開いた。1世紀前の写真が次々に出て来た。男は腰にサローンを巻いて、頭も幅広い帯状の布で巻いている。悪心を抱く部分の体を覆っているのだ。女は腰だけにサローンを巻いている。そして胸は覆っていない。西洋人がやって来て、長い髪に花を差し、胸を露わにした女たちを水田に囲まれた村々に見出して、「楽園」と呼ばずにはいられなかった気持ちが伝わって来た。何というイノセンス。それを目の当たりにした西洋人の男達が、魅惑されずには居られなかった思いの噴出が「楽園」という一言に結晶したようだった。
​異人に支配されるよりは死を選んだ人々。元寇に戦いを挑んで敗北した末裔。スバックという灌漑法を考案して、古来神の下に水を共有する人々。香草を湯に浸して飲む習慣。同胞の貧しさを救うために腐心する人達。雷雨。インド洋の轟。ロンドン郊外の住宅地にある一室でバリ島を思い返していると、これら全てが、私には夢のような「楽園」に思えた。               (2022年3月5日脱稿)​

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https://www.britannica.com/topic/Ganesha
https://www.holidify.com/pages/coffee-in-bali-2064.html
https://seahis.com/delegates/mark-edleson/
https://sahajasawah.org/
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