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セット(Séte)
最初の目的地はセット(Séte)。この港には2年前の夏に3週間滞在したのでよく知っている。南側は海に面し、北側にはトウ湖(Etang de Thau)を背に、二つの水は四つの運河で結ばれている。西側には標高200メートル弱の丘があって、その見晴台に立つと、海と広々と広がるトウ湖とに挟まれた街が一望できる。お陰で街は、海からの幸とトウ湖からの幸で潤う。トウ湖からの幸というのは牡蠣(かき)だ。というのは、トウ湖は礁湖で、牡蠣の養殖棚が延々と広がっている。シモの話で恐縮だが、フランスの運河では、ボートはトイレからの汚水を垂れ流しても良いことになっている。その水を人口の池に引き入れて、大人も子供も泳いでいる。誰も病気にならないらしい。「ナニ、丁度良いコヤシになっているのサ。運河の両側に植わっている並木がよく育ってるじゃないか」と言ったイギリス人がいた。日本だって、畑に肥やしを撒いて野菜を育てるではないか。あれは賢い廃物利用だ。いや、育った作物を人間が又食べているのだから、循環というべきか。英語のリサイクルという言葉は、良く言い得ている。話は逸れたが、その汚水を、トウ湖では垂れ流してはイケナイ。水が汚いと牡蠣は死んでしまうのだそうだ。牡蠣の方がキレイ好きのようだ。回りくどくなったが、したがってセットの市場の品揃いは素晴らしい。目移りがする。その上農業国フランスには野菜や果物がドッサリあるし、国土も広いから酪農も盛んで、そこで食材は山と積まれて売られる事になる。では安いか。それ程でもない。€100が軽く飛んで行ってしまう。 街は、シャレていると言うわけにはいかない。フランスの庶民が休暇にやって来るが、そもそもが漁港なので、活気はあるが、雑然としている。港に立ち並ぶレストランも、当たり外れがある。前菜に取った牡蠣とエスカルゴは美味しかった。ところが主菜に取ったカジキマグロのステーキは、硬くて不味くて食べられなかった。つまりは、抉じ開ければ良いだけのものは出せるが、料理は出来ないということだろう。結構なお値段。寿司屋も2軒あった。餃子は、皮が柔らかくてとても美味しかった。けれど刺身は古かった。苦情を言ったら取って置きのを持って来てくれた。でも手遅れ。印象はガタ落ち。私が良い顔をしなかったからか、大枚(たいまい)を請求された。フランスでは、寿司屋が随分あるが、日本人の経営は少ない。だからヘンテコリンなものが時には出てくる。市場の側にある魚介類のレストランは、美味しくて安かった。養殖業者の直営店だった。こういう店を見つけるに限る。 |
漁港だから船舶用具を売る店が、4軒もあった。もっとあるかもしれない。食料と用具を買い揃えて、風が治まるのを待って、「潮もかないぬ、いざ、漕ぎいでな」とばかり、ブルン、ブルンとエンジンの音もケタタマシク、再び海へ。「モーターボートって、ウルサイなあ」と連れが言う。彼のボートはヨットなのです。
パラヴァス・レ・フロット(Palavas-les-Flots)
その朝獲れた魚を売りさばく。右端の大きなヒトデも網に入っていたので披露して苦笑気味。
町の運河沿いには、毎朝魚屋が店を出す。その朝揚がった魚を積んだ舟が運河に入って来て、ここで陸揚げして売り捌くといった趣向らしいが、雑魚が多い。恐らくレストランに配達した残りを持って来ているのだろう。しかし安い。一度ツブ貝を買ったが、その匂いの強さは類を見ない。美味しいというものではないが、その強い海の匂いに満足した。礁湖に生息するというフラミンゴと、海から直送の魚介類が、この町の売り物らしい。他には観光客船が鳴り物入りで出ている。それに、トランス・カナールが運河の両岸を繋いでいた。渡し舟ならぬ、「渡しリフト」だ。私にとっては、マリーナと無料のWiFi が使える旅行案内所とを最短距離で繋ぐ便利な乗り物で、毎日乗った。
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午後には防波堤に歩いて行った。散歩が目的ではない。防波堤の先端に立って、そこが自分の出て行くべき所であることをしっかり見るために通ったのである。ジェットスキーやデイ・ボートが幾つも走り回っている。私のボートより遥かに危ういはずのボートが平気で出ているのを自分に認識させるために、性能の良いボートに乗りながら、なお尻込みする臆病を抑えるために、毎日通ったのである。ある日、赤い帆を立てた小さいディンギーが五つ、一列に並んで防波堤の外に出て行くのを見た。どうやら先頭のモーターボートに曳かれているらしい。するとモーターボートが向きを変えて、小さいディンギー達はテンデにアチコチに動き始めた。曳き綱が解かれたらしい。そのうち一つは遠く離れてしまった。生徒は皆小学生位の子供達だ。イヤ、ハヤ、先生はテンテコ舞い… …。一度、ボートで防波堤の先端まで出てみよう。直ぐに戻って来ればいい。ボートの出し入れの練習のつもりで行けばいい。
カルノン(Carnon)
綱は解かれた。慎重にハンドルを取りながら、2週間と三日間留まったポントーンを離れて、防波堤に沿った真っ直ぐに伸びる水路に入ると、いつもの見慣れた光景があった。左手の給油所では、ジェットスキーが給油していた。前方からはゴムボートがやって来る。二人乗っていて、私を見ている。私が気づくと微笑んで来た。二人とも女性だったのだ。励まされた様な気がした。すると今度は、私のと同じ位の大きさのボートに、女性が二人と少女が二人乗っているのがやって来た。女手だけでボートを操る人が、こんなにいるんだ!私は嬉しくなって手を振った。先方は、一寸気圧された様な顔をしたのだが。 防波堤を離れて、一挙に広がりの只中に出た。…怖かった?いいえ。深さに、たじろいだ?全然。__ 気持ちが良かった! これが最初の一瞬の感想なら、私は大丈夫、行ける。何しろ、今日は航路計画も何も無い。ただ真っ直ぐ東へ行って、緑のビーコンが見えたら左へ曲がれば港なのだ。全行程が、たったの30分。言うのも気がひける位、短い。が、侮(あなど)るまいゾ。 カルノン、ラ・グランデ・モッテ(La Grande Motte)、カマルグ(Camargue)と続く三つの港の港内は、何度もネットで見て頭に入れて来た。カルノンでは、入り口からしばらく行くと右手に給油所がある。その隣がキャピテナリーになっている。給油所には、もちろんボートを着ける場所がある。だから給油所にボートを着けて、キャピテナリーで停泊の場所を決めて貰えばいい、と手順を決めて来た。 あった。そして、しめた!給油しているボートは無い。角度を決めて、ボートを寄せた。が、岸壁に着きそうになるのだが、何故か離れてしまう。何度やっても着岸できない。逆風だった。わずかだが、微風程度だが、逆風だった。私のボートは時速40ノット迄出せる、えらく速いボートだ。全てが速度に焦点を合わせて造られている。つまり軽い。3トンしか無いのだ。だから風に弱い。 難儀をしていると、重量のある大きめのボートがやって来た。ハンドルを握っているのは、いかにも年来の経験がありそうな老人だ。彼はコクピットから4・5人の家族やら友人やらに指示を出しながら、悠々と着岸して、綱は「クルー」の手で岸壁に繋がれた。老人はおもむろにVHF を取り出して、形式通りキャピテナリーを呼び出して、「ランチを食べに寄ったのだが、何処にボートを置いたらいいか」と指示を仰いでいる。しかし、キャピテナリーは、彼の頭の上にあるのだ。その内、キャプテンが2階のバルコニーに出て来て、バルコニーの上と下で応答し出した。もちろんキャプテンはVHFなんか脇に置いてしまっている。だって必要が無いのだから。老人は、それでもVHFで応答し続ける。 ところで彼らの誰一人、逆風で難儀をしている私に手を貸そうとはしない。老人は、確かに逆風を避ける90度の角度で入って来たから、さすがに熟練者の目は違うとは思う。しかし、彼がシングルハンドだったら、岸壁に綱を括るのに走り回らなければならないことになる。悠々楽々と出来ることではあるまい。彼は、いわゆる航海者の心得に一点を欠くと思う。海では、一寸したことが命取りに成り得る。だから誰もが即座に手を貸す。キャピテナリーで支払いを済ませて出てくる彼と、やっと舟着けしてキャピテナリーに行く私と擦れ違ったが、挨拶もしない彼の全身が、私を拒否しているようだった。何故だろう。熟練者の老人には、こういう人が結構いる。 「一晩だけなら、キャピテナリーの前に停泊していい」と言われた。有難い。難儀の繰り返しは免除。じゃあ、マリーナを一回りして来よう。__レストランやカフェが、色取り取りのグラスやらナフキンやらでテーブルを飾っている。並木がある。木陰の下にベンチがある。芝生の上ではボーリングをしている人達が幾組もある。それを観戦している人達が、遠巻きにしている。うまく当たると歓声が上がる。打ち興じるという言葉があるが、誰もが打ち興.じている。夏休みは良いなあ、みんながノンビリしているもの。...?? 夏休みなら子供がたくさんいるものだが、居ない。改めて見回すと、誰もが60プラス、いえ、70プラス、もしかして80プラス。ここは老人ホームかナ?いえ、規模からして、老人タウンというべきか。背後には、マンションが建物毎に揃いの色の日除けを出して、コジンマリとした住まいがある事を想像させる。これらのマンションは、ボートの持ち主達の住居というよりは、この老人達のものなのか。マリーナを臨むマンションに、老後の住まいを定めるのは悪くない。そういう老人達が自然に集まって、一つのコミュニティーが出来ているといった感じだ。よく見ると、彼らは一寸したオシャレをしている。明るい綺麗な色のコットン・パンツをはいていたり、カラフルで大きいビーズのネックレスとブレイスレットを揃いで着けていたり、そういう老人達がアチコチでデートをしている。慎まし気に、そして恥じらい勝ちに。ふーん。 |
ラ・グランデ・モッテ(La Grande Motte)
さて、昨日とは違うゾ。今日の行程は、ラ・グランデ・モッテで昼休みをとり、午後はカマルグに進んで、そこで停泊。視界は、良好。風も、凪(なぎ)。距離は2.3 海里。速度は時速7海里…? 私は知らないのだが、日本では海里という単位を今でも使っているのだろうか。少なくとも今では道のりを表現するのに「学校まで3里」等という人はあるまい。一体何人の人が「3里」と言われて「約12キロ」と答えられるだろう。しかしイギリスでは頑固に古(いにしえ)からのマイルを使っているし、海の距離もマイルだ。ただし陸上では1マイルが約1.6 kmで、海上では約1.8 kmというのだからヤヤコシイ。私は統一して欲しいのだが、そんな事を問題にするイギリス人はいない。しかし、ここでは誰もが分かるようにキロで統一しよう。さて、そこで、もう一度始めから。
視界は、良好。風も、凪。距離は、ラ・グランデ・モッテ迄は9km。時速25kmでいけば、20分位で行けるはずだが、実際には52分かかった。何で3倍近くもの時間がかかったのか。海には潮流があり、風向が影響する。潮流に逆らうと、時速25kmで走っても減速させられるし、風向きに逆らうと、これも減速を余儀なくされる。つまり、私が一生懸命ボートを走らせているのに、そのボートを潮や風が引き戻しているというわけだ。まるで意地悪をされているようなものだ。で、3倍の時間がかかったのだ。もちろん天気予報に沿って、潮流、風向及び風力をも計算に入れた数字を弾き出せるのだが、航海技術のコースを取るとちゃんと計算の方法も教えてくれるのだが、そんな事を一々計算する人は、レジャー・ボートに乗っている人の中にはいない。皆んなGPS のスィッチを入れて、距離も、所要時間も、方向の決定もGPSに任せる。
グランデ・モッテは、その名の通りグランデ。カルノンからばかりか、パラヴァスからでも見えるし、飛行機の中からでも見える。一体あれは何ダ?と、誰もが見てギョッとする。それを「モダン・アート」と感嘆する人もいれば、「あのピラミッドだか何だかを、何とかできないものか」と嘆く人もいる。好きか嫌いかどっちかで、その中間は無し。しかし私は見て、暫く… ポカンとしてしまった。感嘆もしなかったが、食傷もしなかった。何しろ余りの奇抜さに、あれが建物だと、呑み込むのに時間がかかったからだ。
視界は、良好。風も、凪。距離は、ラ・グランデ・モッテ迄は9km。時速25kmでいけば、20分位で行けるはずだが、実際には52分かかった。何で3倍近くもの時間がかかったのか。海には潮流があり、風向が影響する。潮流に逆らうと、時速25kmで走っても減速させられるし、風向きに逆らうと、これも減速を余儀なくされる。つまり、私が一生懸命ボートを走らせているのに、そのボートを潮や風が引き戻しているというわけだ。まるで意地悪をされているようなものだ。で、3倍の時間がかかったのだ。もちろん天気予報に沿って、潮流、風向及び風力をも計算に入れた数字を弾き出せるのだが、航海技術のコースを取るとちゃんと計算の方法も教えてくれるのだが、そんな事を一々計算する人は、レジャー・ボートに乗っている人の中にはいない。皆んなGPS のスィッチを入れて、距離も、所要時間も、方向の決定もGPSに任せる。
グランデ・モッテは、その名の通りグランデ。カルノンからばかりか、パラヴァスからでも見えるし、飛行機の中からでも見える。一体あれは何ダ?と、誰もが見てギョッとする。それを「モダン・アート」と感嘆する人もいれば、「あのピラミッドだか何だかを、何とかできないものか」と嘆く人もいる。好きか嫌いかどっちかで、その中間は無し。しかし私は見て、暫く… ポカンとしてしまった。感嘆もしなかったが、食傷もしなかった。何しろ余りの奇抜さに、あれが建物だと、呑み込むのに時間がかかったからだ。
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しかしマリーナに一歩踏み入れば、そこには素晴らしくファッショナブルな店が二列縦隊でズラリと並び、巡り、キリが無い。レストランも高級揃い。その上に聳え立つマンションの群れも、呆れるばかりに数多い。値段は2千5百万円位から5千万円位迄が不動産屋の店先に張り出してあった。しかし天辺近くの物件が、そんな値段であるはずはない。山の如くに巨大なコンクリートの塊の、その「麓」のレストランでは立食パーテイが用意されていた。ビジネス関係のものらしい。次はどんな金の儲け方をしようか、という相談の根回しでもするのだろう。
停泊しているボートの方もグランデ。マリーナは何しろ巨大で、2千隻を収容するそうだ。ボートの種類も様々。キャピテナリーの傍らには、大きなカタマランが繋がれていた。如何にも高そうなヤツだ。一体いくら位… いや、止めておこう。きっと持ち主は、ボートのナヴィゲーションは雇いスキッパー任せに違いない。カタマランはタミール語で、その発祥はスリランカだ。スリランカで、私はその元祖みたいな物に乗ったのです。丸太を数本の縄でくくって、帆は敷布に蝋を塗り付けただけみたいなもので、座るところは板切れを2枚合わせてあった。5人の男が操って、しかし見事に水の上を滑ったから感心した。要は均衡を確実に保つ工夫として、丸木舟にもう一つ小さい丸木舟(私は丸太舟と言いたいのだが)をくくりつけた感じだった。あれは海で生きる男達の、必要から出た知恵だった。 生活人の顔が見たい。そこで町の中に入ってみたが、イヤ、ハヤ、何処も彼処もコンクリートのオブジェ揃い。教会然り。しかし、私は教会は気に入った。というのは、あの重厚で威圧的な雰囲気が欠片(かけら)もなくて、ステンドグラスの色も明るく軽やかだったからだ。戸外の礼拝場も設けてあった。南国の真夏には、必要に沿った心配りと言えそうだ。涼しげな木陰で、気持ち良く神様の話が聞けそうだ。それにしても、何処も彼処もマンションばかり。一体何を仕事にしている人々の住まいだろう。隣のカマルグを置いたその隣はロイ(Le Grau-du-Roi)という港で、ここは16世紀にローヌ河が氾濫して以来の自然港で、現在地中海沿岸第2の漁港だが、この町に建つマンションは漁師の住まいではあるまい。モンペリエのベッド・タウンの一つででもあるのだろうか。 |
それにしても、コンクリートの建物は時が経つと汚くなる。石造りの建物は、時と共に味わいが出る。
カマルグ(Camargue)
カマルグのマリーナ。(marinareservation.com)
グランデ・モッテはグランデだと書いたが、実はカマルグはもっとグランデだ。何しろ5千隻のボートを収容する。建築設計はいずれもジャン・バラデユー(Jean Balladur)という人だが、こちらは、その趣旨に納得した。カマルグという土地は、その3分の1が礁湖ないしは湿地で、それを逆手に利用した形で、巨大なマリーナを築いたのである。周囲には例によってマンションが立ち並ぶが、せいぜい3階程度の建物で、緑地を広々ととってある。買い物も、庶民の用を満たす市場風に店が立ち並ぶ一画が設けてあった。値段も庶民向き。背後には、ローマ以来の古い町、アルル(Arles)が控えていて、長年の生活の息吹を伝えているのも、心を落ち着けられる要素だ。マリーナから運河に入って、アルルまで行くことはのんびりとした良い旅になったろうが、今回はそれをしなかった。気が急いていたのだ。
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今回は六つの港に立ち寄った。何処が心に残っただろう。ボートを置いてあったグロウ・デ・アグドへは結局2年間に渡って往来したので、私にとっては心に残る。レストランが美味しくて、値段が良心的だった。しかし、ボート・ヤードがあったから行った所だろう。セットの魅力は、何と言っても丘の上からの眺めだろう。市場は良いが、自分で料理が出来なければ意味はないから、1週間位アパートを借りると魅力が増える。市場は街中にあるから、運河を見下ろすアパートを借りるのが良いだろう。ボートを借りて住むのも一計。パラヴァスは、う〜ん…パス。カルノンもパス。カマルグの背後にあるアルルは、シーザーが造ったと言ってもいい町だ。円形競技場も野外劇場も良く保存されている。それにゴッホが晩年をここに過ごして良い絵を描いている。ここにホテルをとって、ランチを食べにグランデ・モッテに行って、カマルグはその往復に眺める、というのは名案。来年の春やろう、陸から眺めるのも悪くはあるまい。 |
<参考資料>
https://ja.wikipedia.org/wiki/ビスケー湾
Waterways Guide,”Canal de Garonne/ Canal de Midi” (ISBIN 2-913120-04-2)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ビスケー湾
Waterways Guide,”Canal de Garonne/ Canal de Midi” (ISBIN 2-913120-04-2)


